弁護士が知っておくべき「頚肩腕症候群」 ―「むちうち?頚部挫傷?頚肩腕症候群?頚椎捻挫?外傷性頚部症候群?違いは?」
交通事故や労災案件で「むち打ち」「頚部挫傷」「頚肩腕症候群」「頚椎捻挫」「外傷性頚部症候群」といった名称が診断書に並ぶことがあります。
しかし、これらの名称の違いを説明することは難しく、後遺障害等級認定や因果関係の立証で混乱を招くこともしばしばです。
なぜなら実は――これらは名称こそ異なりますが、臨床的には同一の病態を指すものです。
目次
頚肩腕症候群とは?
頚肩腕症候群とは、首から肩、腕、手指にかけての痛み・しびれ・こり・脱力感・自律神経症状などを呈する症候群です。
明確な単一の疾患ではなく、頚部・肩周囲の筋膜や神経が障害されることで生じる症状の集合体と捉えられます。
主な症状
- 首筋・肩・背中・腕にかけての痛みや重苦しさ
- 腕から指先のしびれや感覚鈍麻
- 手の脱力や握力低下、物を落とす
- 頭痛、めまい、耳鳴り、不眠などの自律神経症状
画像検査で異常を示さないことも多く、診断は神経学的所見や症状の経過に基づいて行われます。
「むちうち」「頚部挫傷」「頚椎捻挫」「外傷性頚部症候群」「頚肩腕症候群」の違いは?
一般に「むちうち」受傷にともない、頚部が過伸展・過屈曲することで生じる損傷を指し、その結果として診断名として記載されるのが「頚椎捻挫」「頚部挫傷」「外傷性頚部症候群」「頚肩腕症候群」です。
名称 | 概要※1 | 主な時期・特徴※2 |
頚部挫傷 | 頚部軟部組織の打撲や筋膜損傷。軽度損傷を含む。 | 急性期(受傷直後) |
頚椎捻挫 | 最も一般的な診断名。可動域制限・圧痛あり。 | 受傷後〜数週 |
外傷性頚部症候群 | 上肢放散痛やしびれなど神経症状を伴う。 | 亜急性〜慢性期 |
頚肩腕症候群 | 慢性的な筋膜痛や自律神経症状を含む広範な症候群。 | 慢性期(3か月以降) |
※1主だった症状について書いてありますが、医学的に明確な線引きが無いため、頚椎捻挫においても神経症状を伴ったり、慢性的な症状を伴うこともあれば、頚部挫傷において、捻挫病態が存在することもあります。
※2病名対時期を明示した文献はありませんが、名称の「大まかなイメージ」による時期です。受傷早期から頚肩腕症候群という病名がつくこともありますが、かといって病態が慢性期である証明ではありません。
つまり、これらは非常にあいまいな基準でもって区分けされているだけであり、名称こそ異なるが、医学的本質は同一の疾患といえます。
整形外科学的には、いずれも「むちうち機転による頚部軟部組織損傷」という共通の基盤を有します。
日本整形外科学会『標準整形外科学 第15版』でも、「むち打ち損傷は受傷機転を指す用語であり、診断名としては頚椎捻挫または外傷性頚部症候群を用いる」
と明記されており、病名間に明確な病理学的差異はないことが確認されています。
また、「むち打ち損傷」「むちうち(whiplash)」という語は、元来 受傷機転(injury mechanism) を表す用語です。すなわち「頚部が過伸展・過屈曲することによって生じる損傷」であり、病理学的診断名ではありません。
英語では “whiplash injury” と表記され、Radiology や Spine の論文でも、診断名というより「injury type」として扱われます。
したがって「むちうち損傷」というのは、交通事故などで頚部に加わった力学的外傷の総称にすぎません。
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実務上のポイント:後遺障害等級認定と注意点
「頚肩腕症候群」は他覚的所見に乏しく、後遺障害認定で争点となりやすい病態です。
典型的な認定等級は以下のとおりです。
- 非該当
- 第14級9号:局部に神経症状を残すもの
- 第12級13号:局部に頑固な神経症状を残すもの
認定のために重要なのは、
- 症状の一貫性・連続性(事故当初からの訴え・カルテ記載)
- 治療経過の妥当性(整形外科・ペインクリニックでの定期治療)
- 神経学的検査の客観性(スパーリング・ジャクソン・腱反射・筋力低下など)
特に12級13号を目指す場合、MRI・神経伝導速度検査・針筋電図などの客観的所見が不可欠です(再現性が高い検査が求められる)。
他覚所見が乏しくとも、症状の経時的一貫性と合理的説明があれば、医学的整合性は十分に主張可能です。
十分な他覚所見が無い場合、神経絞扼症状様の「上肢放散する症状」を伴ったとしても、本来の12級を獲得することはできず、「頚肩腕症候群に伴う、頚部痛、上肢への放散痛を残すもの」として14級に留まることになります。
関連記事:後遺障害14級9号が非該当となったら|認定されるために必要な内容を整理
関連記事:後遺障害14級の認定率を左右する要素や認定が難しい理由について詳しく解説
第三者専門医の意見書を活用する
頚肩腕症候群やむちうち関連の案件では、主治医の診断書が簡略的で説明不足なことが少なくありません。
専門医による第三者意見書を添付することで、以下のような効果が得られます。
- 客観的かつ中立的な医学評価
- 見落とされがちな神経学的所見の指摘
- 因果関係・重症度・治療妥当性の論理的補強
専門医が事故後の経過と臨床整合性を医学的エビデンスで明示することで、等級認定・損害賠償交渉において大きな説得力を発揮します。
まとめ:弁護士が押さえるべきポイント
「むちうち」「頚椎捻挫」「頚部挫傷」「頚肩腕症候群」「外傷性頚部症候群」は病態の違いではなく、同一病態の異なる表現(病名)である。
医学的にも明確な線引きはなく、受傷機転・症状範囲・経過・医師の采配で曖昧に呼称されている。
後遺障害認定では、症状の一貫性と神経学的所見の有無が最大の争点となる。
診断書に記載された病名よりも、症状経過・検査所見・臨床整合性を重視すること。
概念整理を理解しておくことは、医学意見書の読み解きや主張構成において極めて重要です。
監修:整形外科専門医 西本圭佑








