遺言書作成時の認知症の程度の問題について
遺言書を作成するときに遺言者に意思能力がなかったら、遺言書が無効になってしまいます。
死後に相続人から「遺言書は無効」などと主張され、大きなトラブルにつながってしまうケースが多々あります。
認知症の人が遺言書を作成する場合、遺言書作成時の意思能力が十分にあったことを証明できるように対応しておく必要があるといえるでしょう。
この記事では遺言書作成時の認知機能の問題について解説します。
どうしたら認知機能が十分にあったことを証明できるかなど具体的な手段も紹介するので、ぜひ参考にしてみてください。
目次
意思能力とは
15歳以上になれば有効な遺言書を作成できます。
成人年齢は18歳ですが、遺言書については15歳以上になればできるものと法律で規定されています(民法961条)。
ただし15歳以上になっていても遺言書を作成するには意思能力が必要です。
意思能力とは、自分の法律行為の内容や結果を弁識する能力です。
人が有効な意思表示をするには意思能力が必要とされています。
遺言も自分の権利や義務を処分する重要な行為なので、遺言書を作成するにはその意味を弁識できる遺言能力が必要となるのです。
遺言書が無効になる場合
認知症が進んで意思能力が失われた状態で遺言書が作成されると、遺言書は無効になります。
たとえば以下のような場合、遺言書の無効が主張されるケースが多数みられます。
- 認知症が相当進んで要介護状態になっているときに遺言書が作成された
- 認知症が進んで介護施施設に入所中に遺言書が作成された
- 同居の長男が指示をして本人に遺言書を書かせた
遺言書は遺贈を受けた受遺者や相続分を増やされた相続人に有利になる一方で、相続分を減らされた相続人には不利になります。
遺言書の無効は、遺言書が有効になると不利益を受ける相続人によって主張されるケースが多数です。
>>遺言能力の有無に必要な判断基準|医学要素が重要な理由を解説
遺言書が無効であると主張する方法や流れ
遺言書が無効であると主張したい場合、そのための手続きや流れは以下のようになります。
①まずは話し合い
遺言書の無効を主張したい場合、通常は遺言書を「有効と主張したい人」と「無効にしたい人」が中心となって相続人や受遺者同士で話し合います。
話し合いによって全員が「遺言書は無効とする」ことに同意すれば、遺言書は無視して遺産相続手続きを進められます。
②遺言無効確認調停
全員が話し合っても遺言書を無効とすることに合意できない場合には、遺言書の無効を主張したい方が家庭裁判所で「遺言無効確認調停」を申し立てなければなりません。
遺言無効確認調停では、裁判所の調停委員を介して遺言書の無効を主張する人と遺言書の有効を主張する人が話し合います。
申立人と相手方が「遺言書は無効」であることに同意すると、裁判所で遺言書が無効であることが確認されます。
すると、後は遺言書を無視して相続人同士で遺産分割協議を行って相続方法を決められます。
ただ遺言無効確認調停はあくまで話し合いによる解決方法なので、当事者の中に「遺言書は有効」という主張を曲げない人がいたら調停での合意は難しくなってしまいます。
その場合、遺言無効確認調停は不成立になって終了します。
調停前置主義
遺言書の有効性が争われる場合、当事者間の対立が激しく「話し合ってもほとんど合意の見込みがないケース」もあるでしょう。
そんなとき、調停をせずにいきなり訴訟ができないのでしょうか?
結論からいうと、遺言無効確認事件では調停を飛ばして訴訟を行うことができません。
訴訟の前に必ず調停を行わねばならないとする「調停前置主義」が採用されているからです。
遺言書を巡る対立が深く相手が合意しそうにない場合でも、いったんは家庭裁判所で遺言無効確認調停を申し立てましょう。
③遺言無効確認訴訟
遺言無効確認調停が不成立で終了してしまったら、遺言書の無効を確認するために「遺言無効確認訴訟」を提起しなければなりません。
遺言無効確認訴訟で「遺言当時、遺言者に意思能力がなかった事実」を証明できれば裁判官が遺言書の無効を確認してくれます。
すると、当事者らは遺言書を無視して遺産分割協議によって遺産相続方法を決めることになります。
遺言書が有効と判断された場合には無効確認請求は棄却され、遺言書が有効であるという判決が出ます。
判決が確定したら、遺言書が有効であることを前提に遺言書の内容に従って遺産分割していくことになります。
>>【相続トラブル】認知症の遺言能力について|判断基準や事例を解説
遺言者の遺言能力をはかるための証拠
遺言無効確認訴訟で勝訴するためには、遺言書の無効を証明しなければなりません。
遺言者の遺言当時の意思能力が危ぶまれる場合、遺言書の無効を証明する証拠にはどういったものがあるのでしょうか?
①要介護認定の記録
遺言書が書かれた当時、遺言者が要介護認定や要支援認定を受けていた場合、認定を受ける際に提出した書類などが証拠になります。
②介護・看護日誌
介護や看護の記録があればその内容も遺言者の意思能力を図るための証拠になります。
③病院のカルテや診断書
遺言者が病院にかかっていた場合には、カルテや診断書の記載内容も証拠になります。
④介護施設の記録
遺言者が介護施設に入所していた場合には、介護施設の記録も遺言者の意思能力を図るための資料になります。
⑤医師の意見書
遺言書が書かれた当時、本人にどの程度の意思能力があったと考えられるのか、医学的な観点から医師に意見書を書いてもらうことができます。
その場合、医師の意見書の内容も遺言者の当時の意思能力を検討するための重要な証拠になります。
以上のように、遺言者の意思能力の状態を証明する資料の中には病院や介護施設に保管されているものが多数含まれます。
本人や相続人からの請求があると写しを交付してもらえるケースが多いので、必要に応じて連絡を入れて資料を取り寄せましょう。
遺言内容から遺言書の無効が確認されるケースもある
上記のような資料の他、遺言内容から遺言書の無効が確認されやすくなるケースもあります。
遺言書の文体や文字、内容から遺言者の意思能力を推し量れる可能性があるからです。
たとえば以下のような場合には遺言書の無効が認められやすくなるでしょう。
- 文字が歪んでいてまともに書けていない
- 文章が整っておらず意味が読み取りづらい
- 遺言書の内容が1行など極めて簡単(相続人の指示により簡単に書かせることができる)
>>認知症における頭部MRIによる評価と遺言能力鑑定に必要なこと
遺言書の無効性が争われるデメリット
遺言書の無効性が争われると、解決までに膨大な時間がかかります。
話し合い、調停、訴訟のステップをたどると、それだけで1年以上かかってしまうケースも珍しくありません。
遺言書の無効が確認されたら、そこから遺産分割協議を行う必要があります。
すると結局、遺産相続トラブルが非常に長引いて3~5年程度かかってしまう可能性もあるのです。
遺言書を作成する際には、なるべく遺言能力を争われないように対応すべきといえるでしょう。
生前鑑定とは
遺言者が死亡したときに遺言書の有効性を争われないようにするには、「遺言当時の意思能力を示す証拠」をしっかり残しておくことが重要です。
明らかな証拠があれば、相続人らも遺言の無効を主張しにくくなるでしょう。
ここで役立つのが「生前鑑定」です。生前に医師が遺言者の遺言能力を鑑定検証し、遺言書時点の認知機能が医学的に担保されます。
遺言者の死亡後に遺言書の有効性を巡って相続人同士で壮絶なトラブルになるのを予防するため、遺言書を作成するときにはぜひ生前鑑定の導入を検討してみてください。
弁護士の先生方が遺言書作成支援を行う際にも、無駄な紛争を避けるためぜひご本人様へ生前鑑定サービスをご紹介いただけましたら幸いです。
この記事の監修者
福谷陽子
- 京都大学法学部に現役合格
- 在学中(大学4年時)に司法試験に合格
- 法律事務所の設立経験あり 元弁護士
不破 英登
経歴
2009 | 愛知医科大学医学部医学科 津島市民病院 |
2011 | 名古屋第二赤十字病院 放射線科 |
2016 | 名古屋市立大学大学院医学研究科 放射線医学分野 助教 |
2018 | 豊田若竹病院 放射線科 YKR medical consult設立 |
2018 | 家来るドクターJAPAN株式会社 顧問医師 |
2021 | YKR medical consult 代表就任 |
【資格】 産業医・放射線科診断専門医 |